映画が日課だった。(映画な日々vol.1)

僕の父は、釧路の太平洋炭鉱に勤めていた。元は、室蘭で警察官だったが、祖父が釧路に居て炭鉱に勤めていた事から、長男で跡継ぎだった父は、警官を辞めて、母や姉を連れて、釧路に行き、炭鉱に入った。僕は、その炭鉱で生まれた。我が家は祖父を中心とした大所帯だったが、祖父が定年後、山奥に土地を借り農業を始めたため出て行ったり、弟たちがかまどをもったりで、うちには、父、母、兄、姉、父が面倒を見ていた祖父の妹、そして僕の6人だけしかいなくなった。
炭鉱は、1日3交代制で、朝5時頃出勤の1番方、昼に出る2番方、夜出の3番方が一週おきにやって来る。怖い父だったが、映画が大好きで、3時ころ帰ってくる1番方の時は、よく映画を見に行っていた。
太平洋炭鉱には、2つも映画館があり、なんと無料だった。父は母とまだ幼かった僕を連れて見に行っていた。まだテレビもない時代で、映画は、庶民の最高の娯楽だった。
映画は殆ど時代劇で、まだ幼稚園児だった僕でも、名前を覚えた。
大川橋蔵、東千代之介、市川歌右衛門、片岡知恵蔵、中村錦之助、大友柳太郎、里見浩太郎、月形龍之介などなど東映時代劇のもっとも華やいだ時代だった。特に、大川橋蔵の「新吾十番勝負」、市川歌右衛門の「旗本退屈男」、中村錦之助の「一心太助」、大友柳太郎「丹下左膳」などのヒーローものが大好きだった。(役者の名前の漢字はうる覚えです。あしからず。)

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