アメリカンポップスに出会って!(音楽な日々vol.1)

紅白歌合戦を始めてみたのは、幼稚園の時だった。叔父のうちで、テレビを買った。大晦日、みんなで行く事になった。テンテレビというメーカーで、14インチくらいの白黒の円い画面。同じ頃なんでALWAYSを思い浮かべて下さい。この年、橋幸夫が初出場。「潮来笠」を歌った。島倉千代子、美空ひばり、フランク永井、三橋美智也、春日八郎など一世風靡した往年の有名歌手が出ていた。(実は、この年から今まで、紅白を見なかったのは2度しかない。)
翌年、我が家でもテレビを買ったので、小学校の頃は、テレビの音楽番組は欠かさず見ていた。紅白は全曲歌えて、煩い!とよく叱られていた。特に、橋幸夫、舟木和夫、西郷照彦の御三家の全盛期。今でも歌えるが、A面曲は全曲歌えた。「歩く歌謡曲大百科辞典」と友達から呼ばれていた。今は3回くらい聞かないと覚えないが恐らく、その頃は、1回聞いたら覚えていたんだと思う。
鈴木やすしと木の実ナナがやっていたオーディション番組「ホイホイミュージックスクール」で布施明、日野てる子、三田明が売れると予想し、本当に売れたので、友達の間では、有名だった。(数人の音楽好きの友達の間 :mrgreen: )因みに、ドリフターズは、このオーディション番組のバックバンド。途中、コントもやっていた。番組で名前を募集。加藤チャンから加藤茶。あごが長いので、イカリヤ長介などと付いた。
この番組やヒットパレードなどで、洋楽を知るようになった。
子供の記憶で確かではないが、5年生のとき、あるラジオ番組で、デルシャノンの「悲しき街角」を聞き、洋楽にのめりこむ。その頃、ビートルズが登場する。
中学生になり、ラジオで湯川玲子さんがやっていた「今週のベストテン」とみのもんたの「9500万人のポピュラーリクエスト」なんかを欠かさず聞いていた。歌謡曲もしっかり聴いていて、月刊の「平凡」「明星」も買っていたが、ビルボード誌やキャッシュボード誌もチェックしていた。ビーチボーイズ、ローリングストーンズを経て、ブラッドスエットアンドティアーズ、クリーデンスクリアウォーターリバイバル、などに傾注していった。

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