深夜が主戦場(音楽な日々 vol.3)

中学に入り、歌や楽器はきっぱり止めた。小4・5・6と釧路市の絵画コンクールで入賞していた事と、担任が美術の先生だった事がきっかけで、美術部と統計図表クラブ(釧路の産業や行政の統計をポスター的にし、発表するもの。統計そのものより、ポスターが評価される。たとえば、釧路港の漁獲高と水揚げする魚の推移とか。)絵の方は、1年時、炭鉱の風景を書いてバターナイフで描いて入賞した。統計も友達と二人でやった確か題名が「伸びる釧路市の教育予算」で道内3位に。(自慢、入ってます。 :mrgreen: )音楽はもっぱら、深夜ラジオになっちゃいました。でも、深夜放送の走りであるTBSの「東京ミッドナイト」で土居まさるが有名になっていました。(後に「TVジョッキー」を担当、土居まさる死後、タケシとタケシ軍団がやることになる。)そして、ご存知、「オールナイトニッポン」月曜の糸居五郎さん。火曜の斉藤あんこうさん。金曜が亀淵あきのぶ(今の日本放送の社長)土曜の鶴光。
続けて、北海道でも、深夜放送が始まり、北海道26時はご存知の方も多いでしょう。毎日、聞いていました。はがき合戦を繰り広げ、学校では、自分の名前が呼ばれたことが、自慢でした。愛の告白も、リクエストはがきでやってました。「僕は、聖子さんが好きです。この曲をプレゼントします。Y男」次の日、学校では、「Y男は誰?」の話で持ちきり。堂々と本名で告白するつわものさえ出てきました。(歌はどこ行ったの?状態)
この時代は、ビートルズ全盛。音楽は洋楽一辺倒でした。「イエスタデイ」「ミッシェル」「レットイットビー」「ヘイジュード」「ハローグッドバイ」「ゲットバック」「ロングアンドワインディングロード」など今でも歌っています。

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