2022 年 10 月 のアーカイブ
2022 年 10 月 25 日 火曜日
今年1月、塾始まって以来、最弱と思われた10名の6年生は記録的な結果を残してくれました。なんと10名で30受験をし、一つも落とすことなく、全部合格しました。塾始まって以来の快挙でした。しかも、難関の北嶺1名(青雲寮1名)3年連続・立命館SP1名10年連続・日大SA3名6年連続、合格しました。塾生の大学進学も、これまで、京都大学・大阪大学・東北大学・札幌医科大学・室蘭工業大学・高崎経済大学・慶応大学・早稲田大学・東京理科大学・中央大学など有名大学に多数、合格しています。
志築塾は、開塾以来、「完全マンツーマン」と「生徒の心に寄り添う」をモットーに、1学年15名程度の少人数でやってきました。実は、志築塾はホームページとそのブログ以外の宣伝をやっていません。したがって、塾紹介パンフレットもありません。それでも15年やって来られたのは、ホームページをご覧になって、志築塾の考え方に賛同いただいた方や、これまでの実績を評価いただけた方、取りも直さず塾生や卒塾生からの紹介いただいた方で成り立っています。
応援してくださる塾生・卒塾生・保護者の皆さんに感謝したいと思います。
さて、来年1月からの新年度の受講生の募集を行いたいと思います。12月で6年生は一旦、卒塾します。59講座が空きます。おおよそ20名弱の新しい塾生を迎えることができます。来年小学校に」入学するお子さんから現5年生までを募集します。また、すでに入塾している生徒さんについても、更新となります。原則、すでにお取りいただいている生徒さんの時間はその生徒さんが優先です。増講も受け付けております。なお、平日の7時半からが開いています。大学生中心に理数系の先生の多い時間帯ですので、積極的に取っていただければ幸いです。
多数入塾されるようお願いします。
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2022 年 10 月 13 日 木曜日

10月9日(日)に、日大中学の20周年記念式典に参加させていただきました。
いち保護者として参加させていただいたんですが、来賓席に座らせていただき、感謝しています。
僕が初めて説明会に行ったのが12年前になります。その時8周年と言ってましたが、もう20周年になったことに、驚いています。資料に基づいた沖田先生の論理的・具体的説明に感心しました。息子が生まれて、数か月でした。その息子が今、日大に通っています。その時、思いもしませんでした。
2011年、初めて合格者3名を、志築塾で出しました。以来12年間、42名の合格者を出し続けています。
近年は特待ができたので、トップクラスの子は特待を狙います。すでに4名合格しています。スーパーアクティブ(SA)も、特待合わせて21名、アクティブ(A)が21名ですから、SAのなかった時代の子も含めて半分がSAに合格しています。
写真にはありませんが、現PTA会長は元塾生のお父さん。そして、写真の子も、先日まで塾生だった子です。中3ながら英語でのスピーチでした。内容は日本での男性の育児休暇の取得率についてでした。難しい話を流ちょうな英語でとうとうと語りました。ちょっと涙が出ました。彼女は学年トップクラスの成績でありながら、やりたいこともしっかりやっている中高一貫らしい子です。
これからも、札幌日大を応援していきたいと思います。
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2022 年 10 月 6 日 木曜日
☆合格発表の直後、A子から一報が入った。
「もしもしA子です。」とても暗い声だった。ためらいながら、言葉を発しなければなりませんでした。「どうだった・・・」途端に、急にめっちゃ明るい声で、「受かったぁ~!!」塾初めてのα校の難関コース合格者でした。電話を持ったまま涙をボロボロ流しながら、志築先生も大声で「やったー!やったー!やったー!」を何回繰り返したことか。
☆α校の難関コース合格を知った後、数時間もしないうちに、お母さんとB君はやってきました。「先生に報告あるんでしょ!自分から言いなさい。」と促された彼は、玄関先に、直立不動のまま、口を開こうとしますが、何も言葉にできません。そのうち大きな目をさらに大きく見開いたまま大粒の涙が床にボトンボトン。みるみる涙の水たまりができました。その光景は今でも目に焼き付いて離れません。
☆お母さんからのC男君合格の電話。「先生ちょっと待ってください。本人から先生に言いたいことあるそうです。」見事念願のβ校に合格した普段無口なC男が受話器を握りました。しばらくの沈黙の後、たどたどしく、ぼそぼそと話しだしました。「一、一流大学に合、合格して必ず恩、恩、恩返し、します。」笑いと涙が一緒に吹き出してしまいました。
☆大学合格の直後、本人は、塾に立ち寄っていました。「先生見て!」携帯で、合格番号を見ました。十個以上番号が飛んでいて、難関だったことがわかります。この子の中学選択にはちょっとしたエピソードがありました。ω校とθ校に合格しました。ω校にすでに入学金を支払っていたのに、僕が口をさしはさみます。本格的にスポーツをやっていたD子に「結構勉強ができるのだからスポーツも勉強もできる進学校のθ校もいいじゃないか。」結局、D子はθ校を選択しました。彼女はその後けがをし、スポーツから離れますが高校で復帰。その後、全国ランクでそれなりの活躍をします。食事のあとうちまで送っていきました。お母さんが車まで走ってきて、涙ながらに「先生のおかげです。H大合格は、先生がθ校を勧めてくれたからです。」と。カツラ先生と二人、帰りの車で、「こんないいこともあるんだ。やっていてよかったね。」
合格した時の涙は受験の苦労を吹っ飛ばしてくれます。
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2022 年 10 月 5 日 水曜日
いつも言ってますが、複数合格した時の中学校の選択は、本人に選ばせるのがいいと思っています。
それでも、その子に会っている学校はあるもので、私なりの見解は持っています。
*体の弱かったA子の父が来塾しました。体弱かったA子には近くの学校へいかせたいといいました。
彼女の優れた才能はちょっと遠いが他の学校を勧めました。激論は続きました。他の部屋で聞いていたカツラ先生は喧嘩をしているように見えたと言ってました。1時間後、「A子の才能を伸ばしてくれたのは志築先生です。親として娘の可能性に掛けてみたい。そのために、いろいろ考えてみます。」その後、彼女は見事な成績で僕が勧めたコースへ優秀な成績で合格。その後、才能を生かして大活躍しています。
*B男は塾近くに引っ越してきて、他塾から転塾、6年生からの入塾でした。他塾での積み上げが不足していたので、なかなか成績を作るのに時間がかかりました。それでも、まじめな彼は、徐々に成績を伸ばしてきました。最後は、α校、β校、γ校、すべて合格しました。本人はα校、ご両親はβ校、僕が勧めたのがγ校。勿論、彼の未来に必要なところを全部考えての勧めでした。次の日、お父さんと本人が僕の勧めた学校へ色々聞きに行かれました。結局、γ校へ。その後、彼はγ校でトップを走っただけでなく、未来に必要な明るさ・積極性・リーダーシップを身に着けて、見事に変身しました。
*C男、2年ぶりに(中3)の時に、やっぱり塾生だった子とやってきました。あれだけ手のかかった子が、立派に変身してました。6年生の秋、あまりにも勉強しないので、志築先生の堪忍袋の緒が切れて、本人には二度と塾に来るなと、そして母を呼びました。僕が勧めたい学校があって、いい学校で息子さんに適してると1時間、お母さんを説得しました。解ってくださいと机をたたいて迫りました。次の日、玄関にお母さんと本人。本人から「ちゃんと勉強します。塾を続けさせてください」と。初めての敬語で、頭を下げました。その年、その学校を10名、受けました。なんとトップで合格。道端で僕を見つけると遠くから自転車を全速力で「先生!」と大声を出しながら近づいてきます。
*D子は塾を転々。当塾にたどり着きました。ほとんど口を開かず、半年が過ぎました。根気のいる戦いでした。それでも、彼女には、他を気遣う優しさがありました。「こないだ休んだ子、どうしてる?」「あの子なんか暗いけどどうしたんだろ?」このやさしさが花開きます。一年後には誰よりもおしゃべりになってました。相変わらず、他への気遣いは変わりません。最も塾を愛してる子になってくれました。合格後、お母さんと話し合い、通う学校は僕の勧めた学校へ3時間かかって決めました。楽しい6年間を過ごしたのは言うまでもありません。
こんなに強く、特定の学校を勧めることはほとんどないんですが、本人の未来のために、そして、楽しい学園生活を過ごしてもらうために時に強く進めることもあります。そのため、中学の先生との交流や送り出してからの生徒との交流を大事にしています。
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2022 年 10 月 3 日 月曜日
お子さんはある日から急に成長します。目の色が変わるんです。
4年生で入塾したA君は塾では中の下くらいでした。志望のα校は夢の夢でした。ある日、急に変わりました。α校を見て来たからです。成績を着実に伸ばしてきていました。それでも6年になっても、届くところまで来ていませんでした。彼は優しくいい子でいつもニコニコ。そんな彼に志築先生はあろうことか、怒りの鉄槌を下します。「みんなとおんなじことをおんなじスピードでやっているんではだめだ!君の目指すものはもっともっと高い目標だ!」次の日から彼を奥の部屋の自習場所に一人だけで追いやります。数日後、自分からそこへ行くようになりました。朝から晩までこんなに勉強した子はあんまり見ていません。見事、志望校に、しかも高いハードルを越えて合格しました!
B子は伸び悩んでました。そこにC子が入塾してきました。C子はしっかり勉強します。刺激を受けたB子は暇さえあれば勉強するようになりました。B子はC子を追い抜きこそできませんでしたが、迫るところまで伸び、志望のコースに合格しました。
秀才D子は受験を甘く甘く考えていました。志望校の先生に厳しく言われたことがきっかけでした。おんなじ問題がわかるまで何度も何度もカツラ先生の前に来ました。叱られることもたびたびでしたが、それでも根気よく難問にチャレンジしました。気が付いてみると誰よりも勉強していました。もちろん高い志望コースに見事合格しました。
世代トップのE君は、全国テストベストテンはもちろん5度の算数国語満点を取りました。でも志望校模試の成績は惨憺たるものでした。暗い顔で塾に来ました。でも、その日から彼は変わります。1週間で算数のサブテキストやり切りました。その後も人が変わったように勉強し、志望校へ男子トップで合格。
彼らがいつどんなきっかけで変わるのかは、正直分かりません。でも、しっかり言って聞かせ、頑張るきっかけをつかむまで、信じて応援するのが僕らの仕事だと思っています。
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2022 年 10 月 2 日 日曜日
それまで建設会社の副社長をしていましたが、12月いっぱいで辞めるつもりでいました。
その後は、学習塾をやりたいと思っていたので、10月からホームページの開設など準備を進めました。
再就職か、それまで培ってきたノウハウを生かし、経営コンサルタントもやっていこうと考えていました。
知人の紹介で企業の経営顧問を1社と数社からの就職オファーがありましたが、すでに、建設会社はやめていたので、
なかなか思うようには決まりませんでした。学習塾の方はお子さんの勉強に関する質問ばかりで、しかも通塾不可能な場所からの問い合わせばかりで、入塾に関する問い合わせは一本もありませんでした。そして半年が過ぎました。もうあきらめようとしていたら、知り合いからの紹介で1本の電話が入りました。入塾したいとの電話でした。実はまだ場所さえ作っていませんでした。近くの文房具屋から小さなホワイトボードを買い、本屋へ行ってテキスト用意し、テーブルは食卓テーブル、畳の部屋に木製の敷物を敷き、急場の教室を作り出しました。それから数か月、やっと塾生が増えてきました。でも、算数大嫌いな子・不登校の子など概ね問題のある子でした。でも、この苦労がのちに生きてこようとはまだ気が付いていませんでした。最初の子は翌年、光星・藤・聖心に合格。光星に入学しましたが、優秀なお子さんでした。塾を初めて1年足らず、息子が生まれました。最初は僕が19講で、カツラ先生が2講でしたが、一年後には半々になっていました。退院した日にカツラ先生は授業をしていました。入院中、授業を一人で僕がやっていたので、眠くて、パソコンで仕事をしている最中に、そのまま床に落ちて、頭を打ち、差し歯が飛び出し割れてしまいました。そんな日々でしたが、なんか教える楽しさがわかってきたような気がしました。2年目は6名。立命館1名・日大3名・光星1名・藤1名・北星1名・大谷2名、合格数9個を獲得しました。岩見沢や北広や室蘭など遠方多かったですが、確かな実績を残してくれました。
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2022 年 10 月 1 日 土曜日
志築塾は、今日から15年目に入ります。
「アットホームな塾」「生徒が来たがる塾」をモットーに、ここまでやってきました。
1学年10~15名程度を限度とし、あくまで、塾生に目の届く少人数での塾を目指してやってきました。
これまでの卒塾生(中学受験生)128名で、合格数281個を獲得しています。光星が71人。立命館が63人(うちSP24人)。日大42人(うち特待4名・SA21人)。藤30名(うち特待1名)。北嶺6名(うち青雲寮2名)などの実績を残しています。
でも、最初から順風満帆だったのではなく、山あり谷ありの滑り出しでした。5年目で、塾が拡大傾向にあったころ、3名の生徒さんを受験に失敗させてしまいました。この3名のうち2名が2校。1名が1校受験しましたが、全て落ちました。一時は塾をやめてしまおうかと考えましたが、僕とカツラ先生の目が届く・手が届く塾にしようと、円山クラスの横のビルにあった分室を閉鎖。ギューギュー詰めでしたが、自宅(本部)に塾生を一本化し、再起をはかりました。以来全員合格を続けています。上記の中学に合格しながらも、公立へ行った子がこれまで2名しかいないのも、中学受験専門塾ならではと言えると思います。これらの卒塾生はその後、京大・阪大・東北大・札医大・早大・慶大などをはじめいろんな大学に進学しています。
個別(マンツーマン)にこだわり続けている理由は、個人個人発展段階や習熟度が違うこと、先生と自由に会話することで、わからないところがわかったり、興味を持ったりすることができること。いろんなテキストや問題集を使っていけることなどです。特に弱点克服の個別プリント学習は効果的だと思っています。
今、18時前です。自習は自由なので、先生のいる講習は4つだけですが、6年生9人が残って自習しています。解らないところは志築先生やカツラ先生に聞いてきますが、今は静かに真剣に自習しています。みんな強いきずなで結ばれています。仲間です。個別でありながら、仲間意識が強くなるのも、当塾の特徴と言えます。
今日から、少しずつですが、これまで14年にわたってみてきた子供たちのこと、話していきたいと思います。
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